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わざわざ残す必要もないことを整理とか気にせずに吐き出していく。そんな空間。

クラウド彼女システムという思考実験について

クラウド彼女というサービスを考えた。

先日クラウド彼女というサービスアイデアを思いつきました。

恋愛観の話になるとLGBTだとか、ポリアモリーだとかそういう方面に行きがちだけどもっとサバサバした感じで考えてみると、色々面白かったので殴り書き。

サービス概要

クラウド彼女サービスは、お客様の要求に応じて、オンデマンドで自分の好みのパートナーを確保できるサービスです。

  • クラウド彼女システムには、一定量の物理リソース(人)が常に確保されています。
  • クラウド彼女システム利用者は、システム上に自分の好みのタイプを記述したカスタムプロファイルを登録します。
  • クラウド彼女システムは、利用者からの要求に対し、登録されたプロファイルに適切な物理リソースを選択し、利用者のものへ提供します。
  • 要求を受けた物理リソースは、指定されたプロファイルに基づく人格を物理リソース上に仮想展開します。
  • 利用者は、提供を受けた物理リソースを適宜使用した上で、破棄リクエストを以って物理リソースを開放します。
  • 物理リソースは、システム全体の利用状況に応じて空いているものが適切に割り当てられるため、物理リソースの一貫性は保証されません。
  • 物理リソースが可変的であっても、利用側の定義したプロファイル構成自体は一定のラインで保証されるため、サービス提供自体に影響を及ぼしません。

物理ソフトレイヤの境界について

先に断っておきたいのは物理リソースの利用というのは、肉欲的な話と直接的に繋がるわけではない。

あくまでサービスの利用形態に関してはクライアントの自由に委ねる形ではあるが、物理リソースと言うのは人間そのもの、人一人の自由と価値というところの意味合いを置いている。

すなわち容姿服装スタイル人格その他諸々、人間の物質的人格的根源に関わらない部分については、それはプロファイル構成でどうにでもなるソフト層の問題であり、その仮想展開が容易に実現できるという技術的サポートがあったうえでのサービス構想である。

じゃあ物理層とはなんなのかという話は、自分でもまだ良く判断しきれていないのだが、誤解を恐れず一つの可能性として話を進めるなら、それは時間であり人生というものなのかもしれない、だとか考えたりしている。

サービスのポイント

このシステムのポイントは、「既存の社会で行われている恋愛というもの」と「クラウド彼女サービスの提供する価値」とが、結局のところ、どう違ってどう同じなのかというところにある。

きっとサービスのアイデア自体は多くの人に嫌悪感を与えるものになるだろうし、そのへんの自覚はあるのだけれども、そこに眉をしかめる人間に対して「じゃあお前らのやってる恋愛というものは結局のところ何がどうちがうんだよ」という問いを投げかけるものにある。

自分には世間で行われている恋愛というものが、そう違うもののようには見えない。

好みのタイプという考え方

世間一般に良く言われることで「好みのタイプ」というものがある。

この辺がまず自分にはよくわからないのだけれども、所詮好みのタイプの押し付け合い(聞こえのい言い方をすればマッチング)であれば、きっとクラウド彼女の提供する価値は恋愛の価値そのものになるだろう。

好みのタイプが手軽にオンデマンドで手に入る社会というのが仮に実現された時、そこに物理層の価値は実際の所無くなってしまうのではないのか?という問題がこの「クラウド彼女システム」の本質にはある。

「好みのタイプ」ベースでの恋愛が本当にその背景にある人格に対してコミュニケーション疎通できているのか、という疑問はかなり前々から持っていて、「好みのタイプ」の「好みな点」がその人の人生設計上重要出なかった場合に、人生設計上のさまざまな要因でその人が変わろうとした場合に、どのような問題が起こり、またそれはどのように解決されるのか、という点には非常に興味があった。

「好みのタイプ」ベースでの恋愛は、時間という概念の無い静的な観点ではうまくいくが、一般的に恋愛というのは結婚と結びつき人生設計上重要な意味を持つというよくわからない観念が支配的に存在するこの世の中で、動的観点の無い恋愛思考がコレほどまでに一般性を持っている事の意味が自分の中ではしっかり腑に落ちないところではある。

身の上の話をするのであれば、私は結婚というものに対して相当な嫌悪感を持っているので、結婚したくないを通り越して、最大限結婚という制度を利用した上でその価値を陳腐化させる方向に、といった厨ニ病的企みを持ってはいるので、恋愛と結婚を直接結びつけるほどの短絡性は全く無いのだが、それでも恋愛に関する人生設計等も含めた動的観点はかなり重視しているつもりだ。

単純に好みのタイプがほしいのであれば、可変的で確保可能な複数の動的リソースを用いた、静的恋愛の繰り返しで事が足ると思うのだが、世間で言うところの恋愛というものは、本質を言ってしまえばそのような形態ですむほどのものだろうか。

恋愛の本質的価値とは何か、という問題

クラウド彼女システム」はシステムの存在がまず「希少性」という概念を排除している。そのシステムが存在することで、利用者はいつでもオンデマンドで物理リソースを確保できる。

そもそも恋愛の価値の根源は希少性なのだよ、と言ってしまえばこの思考実験そのものの価値はいくらか無くなってしまうのだが、そのような指摘にもやはり一理ある。

実際に世界中の人間と会ってきたわけでもないのに、セカイで一番あなたが好きだよ、と気軽に言ってしまえるあたりに、希少性の問題に対する諦めみたいなものは潜んでいるのではなかろうか。マッチングという部分で、まぁこの程度でマッチするならとりあえず抱え込んどこうかという現実的な妥協が存在しない、というはどのような局面であってもお花畑との批判を受けても仕方ない。

少なくともまともな人間であれば、そのあたりの現実的妥協点は認識して、その上で恋愛を楽しんでいるのだろうが、「じゃあ技術的制約がなくなった場合に見えてくる恋愛の本質ってどこなのさ?」って疑問に対する答えは思考に値するテーマだと考えている。

希少性の問題が解決されて、「好みのタイプ」がイツでも手に入る用になった時、恋愛の価値はドコに置くことができるのか。そもそも希少性そのものが価値だというなら、恋愛はそもそも価値を失ってしまうのかもしれない。

クラウド彼女システム」は、希少性の問題を解決した先に、ソフト層でパーフェクトな価値提供を行う代わりに、物理層の価値を完全に崩壊させようという試みである。そのような社会が受け入れられるかどうか、なぜ受け入れられて、なぜ受け入れられないのか、という部分を真剣に考えようとするときに、このような仮題は一つ有用な資料になると考えている。

希少性、ソフト面の価値、物理層の価値とは別に、「占有」というもう一つの価値も考えられる。 この辺に関しては正直もうあまり考えたくなくて、奴隷が欲しけりゃタイムマシンでも発明して中世とかでやってくださいという感じ。もしくはケモナーとかになって犬猫と遊んでる方が健全なんじゃ無いかしら。

オタク文化とクラウド彼女的恋愛との違いは何か

世間で言うところの「オタク」という層はそもそも物理層を必要としない人たちである。

クラウド彼女システム」で言うところのプロファイルに対して、プレビューとかで充足感を得られる人たち。システム運営としても数に限りのある物理層をデリバリーせずに充足感を得てもらえるので、非常にありがたい存在である。

物理層を要求しない所に対して、世間は気持ち悪いという反応を示す所があるが、実際の所それはどうなのだろうか。現実的恋愛が、「好みのタイプ」というソフト層のみで展開されているとしたら、それは行為の実態としては「オタク的恋愛」と何も変わらない。むしろ、それだけの事にわざわざ物理リソース要求までする分、運営としては非常に迷惑でもある。

「好みのタイプ」が欲しければ、絵で仮想で満足していればいい。その領域では誰にも迷惑をかけない。それをわざわざ現実に存在する物理リソースを用いてリクエスト要求を掛けるという非人道性は、正直いかがなものなのだろうか。システム自体が持つ非人道性は、システム利用者からの要求で成立しているものだ。自分の恋愛が人道的だというのなら、実際の所何がどう違うのか、そのあたりを教えてほしい。

どこぞやの漫画家さんが言っていた「萌という感情は、人間を人間扱いしない下衆の感情(うろ覚え)」という言葉がある。この辺の考えは自分の中ですごく落ちるものがある。ソフト面の恋愛に、物理層を巻き込むべきじゃない。物理層に価値を感じないなら、物理層に手をだすべきではない。

実際にサーバを触った事がある人ならわかると思うが、物理サーバというものはすごくめんどくさいものである。 思い通りに行かない事は多々あるし、物理構成、OS等によって色々な違いがある。人間ならなおさら、多種多様な違いがあって面倒事は至極当然の話、そこでどのような恋愛ができるか。面倒ならオタクに進めばいい。それもまた一つの恋愛の形かも知れない。

クラウド彼女の優秀なスタッフの話

クラウド彼女システム」で稼働する物理リソースは、仮想化の点で高いパフォーマンスを誇る優秀なスタッフです。

顧客からのリクエストに対し、提供されたプロファイルを解析し、最適な仮想人格を適宜構築する。スタッフにとって、物理層は資本であり仕事の根源であるので、仮想人格上で行われたなにがしが物理層に影響をおよぼすことは決して無い。

人はこの点をもってもやはり気持ち悪いというかもしれない。そういうのは恋愛じゃない、人間的でないと罵るかもしれない。が、このスタッフこそ、自分の人間の生き方、自由をしっかりと理解している。

自由と恋愛に関する問題は難しくって、恋愛ってやつを1:1で続けていく以上そこの問題はつきまとう。

自分はポリアモリーという経験の中で、1:nの恋愛を続けてきたが、個々の関係性の中では1:1を貫き通している(単純にそういう関係性しか構築してこなかったというだけでそこにこだわりがあるわけではない)。1:1という閉塞的環境は、対幻想という特殊な魅力を生み出す。そこに価値があることもわかるし、そこを否定すするつもりはない。

が、1:1という閉塞性が孕む問題については十分に理解しておくべきだろう。ポリアモリーだろうとモノアモリーだろうと、恋愛の沼で自分の自由を消費し続けるような状態は健全な話ではない。

自分の経験上、恋愛の沼に関しては、自分から沼をせこせここさえていくタイプの人もいれば、沼から綺麗にぬけ出す事が得意な人もいたりと、沼との接しかたにも人それぞれな所がある。それだけにその恋愛に関する行き違いも多くて、沼にまつわるトラブルは後を絶たない。

この辺の話は沼だけにちょっと深くなりそうなので端折るにしても、結論からいうと人間の自由という観点から考えた時に、人生設計と言うものの健全性を考えた時に、沼というのは健全ではない。んじゃあどのように生きれば沼から抜け出すことができるのかというとそこの鍵は仮想化にあると思う。

沼からの脱出力を鍛えるために何も1:1の関係性を否定しろとかそこまで飛躍した話はするつもりはない。ポリアモリーは確かに恋愛の沼に対する効果的な処方箋かも知れないが、ポリアモリーでも沼にずぶずぶとはまっていくような体力のあるモノ好きはいくらでもいる。1:1の関係ベースでも気持ちの切り替えさえしっかりと綺麗にこなせればそれは十分健全な沼の泳ぎ方ができる。いわゆるシリアルモノガミーというやつなのかもしれないが、そういう綺麗な気持ちの切り替えという時に、仮想化という考え方は重要である。

冒頭で物理層を自分の時間、人生といいう話をしたが、仮想化の意味、ソフトハードレイヤ境界の意味と言うのはそういうところにある。

恋愛のソフト面が、物理リソースたる個人の人生及び自由に影響を及ぼさない状態、という一つの安定状態を「クラウド彼女システム」は構想している。もしかしたらクライアントさえも「ソフト的恋愛に勤しむ自分」という仮想人格なのかもしれない。

物理層の恋愛とは何かについて考える

「恋愛はソフト的な価値のみでなしうるものではない」という批判が来るであろうなという所に対して「じゃあ物理層の恋愛って何よ?」って所の疑問を解決しようとするのが「クラウド彼女システム」のポイントである。

物理層の価値」に対して、「物理層がそれのみで価値を持ちうる」のか、「ソフト面の価値を前提とする物理層の価値」なのかはまた議論の別れるところである。正直な話、後者的な物理層の価値というものは、ただの幻想ではないかという気がしないでもない。ベースとしてソフト面での価値があって、そこの媒介がほしいだけ。精神的依存の在処としての器がほしいのであれば、なにもそこに肉人形でお人形さん遊びをしなくて、オタク的にヴァーチャルな楽しみ方を見つけてもらうほうが社会的には健全だと思う。

ソフト層と分離した恋愛の価値について考えた時に、その根底にアルのは何か、というのが一つの課題である。何だよ攻殻ヲタの衒学かよ、などと思われるかもしれないのだが、ここに対する個人的な現状の答えは、「興味」「関心」「可能性の追求」「好奇心」あたりの概念でなんとなくは落ち着いている。

コンピュータに関しても物理層の差異というのは結構存在していて、実際に同じCPUであったたとしても、潜在能力は個々に差がある。

製品である以上「定格」と呼ばれる性能保証水準はアルのだけれども、実際に制限を解除してそれ以上の能力を引き出そうとした時、製品ごとの差は結構あり、そのあたりを色々ためしてみるのは実に面白い。自分のニーズに応じて定格の製品を買うのであれば、それはスペックというソフト的な価値に対する興味になる。が、何ら結果を求めずただ製品のポテンシャルを追求する行為は、物理層に対する関心である。

人間という有機的に成長する存在にとって、ポテンシャルの追求と言うのはきりがない。不可視のポテンシャルに対して環境を構築し、結果を求めるのでなく、結果が出るプロセスを求め続けるのはお互いの自由に寄与した真に物理的な人間関係の一つではないかと考えている。

ネーミングに対する弁明

恋愛のソフト・ハード境界を探索するために考えたこの「クラウド彼女システム」ですが、「彼女」という単語を使ったのは、単純にマーケティング上その方が良いだろうという考えであって、女性蔑視等の考えはありません。

ジェンダーフリーに関する意識は非常に高く持っているつもりですが、市場に存在する価値そのものを否定するようなつもりは全くありません。ジェンダーフリーと言いつつもパンダの市場的価値は十分に理解しているつもりなので、パンダビジネスの手法は積極的に活用していかない理由はないと考えています。その上で、パンダがパンダのまま終わらないだけのサポートは積極的に行っていき、パンダ需要に対する構造を上から支配できる人間まで持っていく、というのが自分なりのジェンダーフリーです。パンダに客さばきやらせるって所が自由社会の構造なんじゃないかなぁと。

正直今みたいな世の中で啓蒙とか言ってもたかが知れてるので、廃したい構造があるのならとことん経済的に利用した上で経済行為として形而上の意味合いを陳腐化させるのが一番てっとり速いと思っています。変革を起こす人間が疲弊するような社会も流石にどうかと思うので、変革を起こす側の人間には是非とも金持ちになってもらいたいものです。

クラウド彼女システム」の背後に存在する物理リソース層はジェンダーフリーな構成で、他のサービスシステム「クラウド彼氏システム」「クラウドパートナーシステム」とリソースを共有しています。

もちろん女性性、男性性というのもソフトレイヤのファクタなので、特殊なインスタンス利用要求が来ないかぎり、リソース群は生物学的性の垣根なく割り当てられていきます。正直デートするだけならついててもついてなくても関係ないですよね?シュレディンガー的には確認するまで、そこについてるかついてないかわからないわけなので、裸のお付き合いをするまでは、世で接する全ての他者は中性なわけです。

同一のリソース群を用いて、異なるサービス群を展開するのは、恋愛意識に関するいわゆる男女間の違いというものを反映したマーケティング上の価格戦略が取りうるから、という理由に他なりません。

まぁそもそも「クラウド彼女システム」ってネーミングだけを持って、物理リソースがみんな「ついてない」って発想になるのは、それこそ差別的だし、短絡的だと思いますよ。